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手賀沼の自然に集まった白樺派の街|我孫子の歴史と手賀沼周辺スポット

今回は、千葉県

 

我孫子市(あびこし)

 

の歴史と観光スポットをご紹介します。

 

我孫子市は、利根川の南側に位置する「手賀沼(てがぬま)」がある街です。


手賀沼は、昔、水量豊富できれいな水を蓄えており、漁業や農業用の水としてひろく利用されてきました。


水生植物の繁茂もあり、それらを餌とした魚類、エビ類が多く生息し、それらを餌とする鳥類なども集まってきていたことにより、多種多様の生物が見られました。

 

このような沼の風景は、多くの小説家や文化人を魅了します。


その結果、多くの時代に名を残す作品が誕生したのでした。

 

この自然豊かな環境のもと、嘉納治五郎をはじめとして、白樺派が集まることになります。

 

手賀沼周辺スポット

我孫子駅から手賀沼方面へと進むと、

 

  • 鳥の博物館
  • 手賀沼親水広場・水の館

 

という大人も子供も楽しめるスポットがあります。

 

「水の館」には、農産物直売所やプラネタリウム、環境学習コーナー、展望台などが設置されていて、市民の憩いの場としても利用されています。

 

【我孫子 鳥の博物館】の簡易情報
・入館料 一般 300円、高校・大学生 200円、70歳以上、小・中学生以下 無料。
休館日:毎週月曜日

 

 
フォタロー
手賀沼の周りはウォーキングやサイクリングコースとしても利用できるようになっていて運動するにも最適な場所となっています。
 
ひので
5月~7月には、とってもかわいい「コブハクチョウ」のファミリーがウォーキングコースや公園内をぐるぐる歩いています。

 

■6月初旬に撮影した「コブハクチョウ」ファミリーの写真

 

6月に撮影したコブハクチョウのファミリー
 
フォタロー
このように普通に渡り歩く「コブハクチョウ」の家族と出会うことができます。
 
威嚇するコブハクチョウ

 

ただ、親鳥は子供たちを守ろうと必死なため、ちょっとでも近づくと威嚇されてしまいます。写真でも親鳥がこちらを睨みながら警戒しているのがお分かりいただけるかと思います。ちょっと近づくだけでも鼻息を荒らしながら威嚇してきますので、注意が必要です。

 

 
ひので
ちなみにフォタローは、このあと親鳥に威嚇されて大変な目に合いました。ぷっ…!
 
フォタロー
笑うなー しかし、本当ににビックリでした。
ただ、親鳥も人間が怖いと思っているはずです
やっぱり驚かせないよう少し離れた場所で見守るような気持ちで見ることを推奨します。
 

我孫子市の概要

この我孫子市ですが、江戸時代以前に歴史をさかのぼると、旧石器時代から人が住んでいた痕跡が残されています。


手賀沼の北側には利根川が流れており、農業地域として広く活用されてきました。

江戸時代には、水運の拠点とし江戸東部の主要な河岸としても繁栄し、我孫子宿として栄えました。


我孫子宿は、東西に1km程度に広がった宿場町でした。


近年、道路の拡幅工事などの影響で、当時の面影は無くなってしまいましたが、一部には、藁葺の建物や江戸時代の道標が残っているのを見ることができます。

 

自治体としては、明治22年に、町村制の施行により我孫子宿とその周辺の村が合併し我孫子町が誕生し、昭和30年にはさらに旧布佐町と旧湖北孫と合併を行い、新制我孫子町が誕生しました。


昭和45年に市制施行により我孫子市が誕生し、現在に至ります。

 

江戸時代の水運業は明治時代以降、自動車や鉄道などの運送手段が発達していくことで衰退していきましたが、常磐線や成田線の開通により、ベッドタウンとして人口は増加しました。


人口は2010年頃を境に減少傾向となっています。

 

嘉納治五郎や白樺派文化人とのゆかり

白樺派の拠点となった我孫子市ですが、その歴史は嘉納治五郎が土地を購入し造営した「嘉納後楽農園」からスタートします。


嘉納治五郎とは、講道館柔道の創始者で「柔道の父」と呼ばれた人であり、日本のオリンピック初参加に尽力した「日本の体育の父」と呼ばれる人です。

 

治五郎が作ったこの「嘉納後楽農園」に、甥である柳宗悦が移住し、宗悦に誘われる形で小説家の志賀直哉が移住してきました。


志賀直哉と言えば「暗夜行路」・「小僧の神様」など多くの作品があり、「小説の神様」と呼ばれた人でした。

我孫子時代には、代表作である「和解」・「城の崎にて」・「暗夜行路(前編)」が執筆されました。

 

この後、武者小路実篤や瀧井孝作なども移住してきており、明治後期に起こった『白樺派』の拠点になったのです。

その後も柳田國男や杉村楚人冠、坂西志保などの文化人も移り住むエリアとなりました。

 

昭和時代になり、当時の我孫子町町長に就任した染谷正治は、我孫子町の経済発展を考え、杉村楚人冠に相談します。


染谷町長は、治五郎にも相談します。

治五郎は、杉村楚人冠とともに、我孫子ゴルフクラブの創立に奔走します。


この活動もあり、我孫子ゴルフ倶楽部は昭和6年にオープンするにいたりました。

 

戦争を境に農地転用の期間があったものの、再度ゴルフ場として再出発し、関東屈指の名コースと言われるに至ります。

 

このように、嘉納治五郎が農園を作ったことがきっかけとなり、我孫子は白樺派の文芸作家の拠点となったとともに、名門ゴルフ場誕生のきっかけとなったのでした。

 

おわりに

手賀沼にかかる「手賀大橋」周辺には、先ほども紹介した「鳥の博物館」や「水の館」だけでなく、道の駅やハスの群生地、自然豊かな公園など一人旅や家族で楽しめるスポットが点在しています。

 

6月の「水生植物園」に咲く花ショウブ畑も「一寸見」として、またおすすめです。


5,6年程前までは花ショウブ畑も、多くの観光客で賑わっていましたが、今は大々的にやっていないため、一寸見程度で楽しめるようになっています。

 

6月上旬はコブハクチョウのファミリーを探しつつ「花ショウブ畑」も訪れてみるといった楽しみ方もありますので、近くにお住まいの方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。

 

>ロケーション出張写真撮影「FOTOTTE」

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